4 哲学の手本を示す判断論 (1)唯識の沿革と基本

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4 哲学の手本を示す判断論

(1)唯識の沿革と基本

 意志による判断・という事を追って行くと、意志の主体者である我れの<自我>とか<識の働き>などが登場して来ますので、初めに唯識のポイントを明らかにしてみたい・と思います。

 <識>は五蘊の中心ですし、己心の中心として空仮中の判断を行う所です。迷うも悟るも詮ずれば識に在り・ですから、唯識は非常に好い所へ目を着けた・と言うべきでしょう。誠に正鵠を得ている訳です。

 唯識説は、発生的には二筋在りまして、一つには上座部の流れから発生し、あと一つには上座部に対する大衆部の大乗運動の一つとして発生し、二つの発生源が成行きから自然に合体して成立しました。唯識派の成立は中観派の成立よりも約二百年位後でした。正統な仏法はインドではこれで終りです。後は密教など邪悪なものしか生まれませんでした。

 唯識は後には竜樹の中観派に対抗した瑜伽行派の学説です。これが漢土へ伝わって、六世紀初めにまず中国人・慧光が地論宗を開き、次にインド人の真諦三蔵が中国へ渡って伝えて六世紀半ばに攝論宗になり、その後に約百年遅れて中国人の玄突三蔵が母国へ伝えて法相宗になりました。

 上座部・大衆部の二つの発生源が自然に合流して出来た唯識瑜伽派は、インドで大乗化への流れの中から自然に発達した・と見るべきものでしょう。上座部の固陋化が教化能力を麻痺させてしまったのが、大乗という革新運動を招いたのです。

 上座部では、出家という専門家でないと仏道修行は出来ないかの風潮を作り上げてしまい、大衆への教化能力を失ってしまいました。それで、我れも我れもと出家希望者が増える事に便乗して、食詰め者が集って、出家者の能力低下を招き、戒目を増やさなければ締りが付かない状態に堕込んでしまいました。末期症状を呈した訳です。

 唯識弥勒の開創による・というのが通説ですが、無著(天親の兄)がトソツ天に昇って弥勒菩薩に会い、菩薩から唯識大乗の説を聞いて開祖になった・と言う伝説は、無著以前の先人達の唯識諸説を弥勒菩薩に仮託したものでしょう。従ってこの弥勒菩薩の他に弥勒という名の先人が居た訳ではない・という事になります。

 又、弥勒菩薩とは別に弥勒という先人が実在した・と言う説も在ります。この説では・唯識はこの弥勒から始まった・と言います。これならば、弥勒の方に菩薩と二人分を背負わせている訳です。

 瑜伽行派は、軈て全印度に拡がりましたが、中観派に対抗したのは、インドで正法が失われる時代に入って全体が混乱していたからで、本来は対抗すべき筋合いは全く無いのです。無駄で有害な事でした。

 唯識の大乗説は・無著の弟・天親(世親・ヴァスヴアンドゥ)菩薩によって大成されました。初めガンダーラ系統のアビダルマ・有部で育って、『大ビバシヤ論』を研究し、『倶舎論』を現わしました。これは有部教義を批判的に完成せしめたもので、この為に・千部の論師・と言われました。

 その後に兄無著に導かれて小乗を捨てて、兄に弟子入り致します。弟にして弟子という事です。三二〇~四〇〇年・八十歳寂ですから竜樹程ではありませんが随分長寿な人でした。又、竜樹の場合と異なって行蹟がはっきりしており、甚だ多い著書名も全部明らかです。『倶舎論』以外は全部大乗の書です。

 彼が自説を述べた書が『唯識二十『唯識二十頌』』『唯識三十頌』『仏性論』他三部で、他に経典の綱要書『法華論』『浄土論』(無量寿経論)・弥勅・無著の論の註釈三論・等が在ります。この『浄土論』等から浄土系思想が興り、漢土で邪解して弥陀念仏の浄土宗が起こる事になります。日本の浄土宗・浄土真宗時宗融通念仏宗・等がこの末流です。

 自説は前記六書ですが、『唯識二十頌』では、有部を念頭に置いて、対象界の非実を説き・それは識の表象であり・表象としての事物の顕現で・根拠は識の転変に有る・という事を理論的に明らかにし、『三十頌』の方は、唯識説の全体系を極めて簡潔に組織化したもの、『仏性論』は如来蔵(仏性)思想によって唯識を包容したもの・だそうです。

 まず唯識はどうして出来たか。それは上座部・特にアビダルマ(有部・対法論師)の体系の中核が五蘊の識だから、この識内容を明らかにすべく登場した・と言われております。又一面では・例えば竜樹の『中論』における八不中道などという・諸派諸師一般の<判断の根拠>を追及して唯識が登場した・とも言います。

 とにかくこうして一面では小乗に発し、一面では大乗に発し、それを合してインド仏教の最後に登場したのが大乗唯識で、弥勒・無著と続いて、竜樹後約二百年の天親によって大成されております。

 現在では深層心理学との比較で興味を持たれ、この観点から研究している人が可成り居るそうです。深層心理学の学説よりも遥か・に合理性に富み・進んでいる・と言われております。インドでは最後に・本来の識空の立場が歪んで・識有論になって終わった・と言います。

 漢土へは、前述の二宗の後は、七世紀中頃に玄奘・慈恩・という翻訳家の手で護法系の識有論の唯識だけが伝わり、これが法相宗になります。後に地論宗華厳宗に吸収されてしまい・攝論宗は法相宗に吸祝されてしまいました。結局・法相が唯一で唯識の代表みたいになった訳です。

 「前念を根といい後念を識という」 のですから・実体識・実有識・など在る筈は無く、識空が本当です。<著有の法相>の識有論はいけません。本来は識空であった事は天親以降の唯識の流れを見れば判る・と思います。

 天親以後は三つに別れたそうです。①陳那・無性・護法・の系統は<有相唯識>になりました。②徳慧・安慧・真諦・の系統は<無相唯識>になりました。この真諦(インド人)が中国へ渡って攝論宗の開祖になります。③難陀・勝軍・の系統では難陀が・見相二分説・という学説を立てて・安慧の・唯自体分説・に対立した・と事典に出ています。

 ②の徳慧・真諦の攝論宗が無相唯識であった事は、本来は識空であった事を伺わせます。それにしても、インドに最後迄残ったのが有論の護法系であった事は、インドや中国に取って不幸な事であった・と思います。

 唯識は一面は小乗に発して大乗になったので、その小乗つまり当時の有部・アビタルマの我空法有……この法有思想が忍び込んで来た・と思います。それが後年・有相唯識・著有の法相・になった・のでしょう。法相宗は万有を分別してその分別有・法有・識有に執著したので<著有>と排された訳です。

 唯識法門は権大乗経の『解深密経』に説かれている所で立てたものです。従って三自性(偏計所執性・依他起性・円成実性)即三無性(相無自性・性無自性・勝義無自性)とか、第七識(マナ識)第八識アラヤ識)とか唯識とか、こういう唯識法門の用語は全部『解深密経』に揃っていて、別に同派の祖である無著や天親達が作った訳ではなく、只マナ識という用語だけは同経に無く、その意味が示されているだけだ・という事です。

 この唯識説の究極は、一切諸法は純粋に識られた状態においてのみ有るもので、識る心を切離しては一切は観察出来ない・という経験論的な唯心法門です。唯識発出仮現説です。

 「諸識の転変を離れて全て外(げ)の色(しき)等の実法無し」と、凡夫が迷執して・識を離れて外(げ)の諸法在り・とする思いを遮断するのは正しい訳です。自分に無関係に宇宙に実法が在る・と思うのは単なる妄想にすぎないのです。

 私達の話題へ入って行く為にも、まず唯識の概ましを明らかにして置く必要が有ろうか・と思います。唯識は非形而上学的な・唯心論の色彩を強く持った経験論であって、その理論には三方面在りまして、それは①影像門の唯識説・②縁起門の唯識説・③三性門の唯識説・この三つだ・という事です。

 ①の影像門の唯識では「対象界は全て識の影像の顕現である」と言うのですが、これは一人称の体験世界について言っているのでして、マルクスの「認識は外界の物質の反映である」という言い方とは丸で違います。

 マルクスは三人称世界について言っているのでして、従ってこの唯識説はマルクス説のアンチテーゼの座に位置する訳ではありません。唯心論的色彩が濃い・と言っても、決して間違っているのではありません。極めて正しい訳です。

 ②の縁起門の唯識説では、物心一切の存在は心体である蔵識(アラヤ識)の転変により構成されて生ずる・と言っております。

 この<蔵>には三つの義(三蔵の義)が在り、(1)には・一切法の種子を能蔵して経験の根源となる、(2)には・一切経験された法が印象となり・その印象としての薫習を貯め込む所蔵所である、(3)第七マナ識が作り出した我想を執蔵する・と以上の様に言われております。

 要するに唯識ではこのアラヤ識が一番大事な役割を担っていて、そこで<本識>とも呼ばれている訳です。この<蔵識>は、一口に言ってみれば一切合財の<貯蔵タンク>という事になりましょう。そこで、中心はこのアラヤ識であり、このアラヤから、眼耳鼻舌身意の六根による六識と・第七マナ(思量識)とを加えた七転識を生ずる・とされています。

 「アラヤによって身体環境が形成され、マナによって自我意識という妄識を生じ、六根の識によって感覚と構想とが行われて一切諸法が生ずる」とされています。以上から見ると・迚も昔の古い話とは思えない程、そしてインドの思想とは思えない程、科学的だ・という感じが強くします。この唯識と論理学の新因明とには、インド人の人文科学能力の凄さを見せ付けられる思いがします。

 新因明は唯識派の陳那が開拓したのですから、決して偶然ではなかった・と思います。判断成立の過程を追う事は、判断の根拠を追う事と<対>を成している事です。

 さて、第八識は主客に分裂して・アラヤの中の種子から一切法が生じ、同時に一切諸法は七転識の働きにより・その種子をアラヤに薫習して残す。以上を反覆しつつ新たな経験を受用してアラヤは持続する・と述べられています。

 このアラヤは仏果に至って断じられる迄止む事が無く、仏果においては転識得智して個人の主観性を滅却する・のだそうです。私は唯識は門外漢ですから以上を諸本で纏めてみました。

 ③の三性門の唯識説は、諸法の特質は先に挙げた三自性・三無性に在り・とする説です。三性門では諸法の認識論的・実在的関係を説き述べる・という事になっております。以上で唯識の骨組は大体済みました。

 それで大事な事は、天親達はこの唯識法門を仏法の極説だとは考えていなかった・という点でしょう。この点は何よりも重要な所です。天親は彼の『法華論』で、法華が仏法の極説である事をきちんと認めております。その上で時代相応の法門として唯識を説いている訳です。これは識空論でした。

 それを識有論にしてしまい、アビダルマの法有論同様の悪義を構え、もっと元には五性各別という悪義を構えて「三乗真実・一乗方便」を主張し、「外道にも過ぎた悪法」にしたのは後人の仕業で、無著や天親等の全く関わり無い事です。五性も又三無性でして、性無自性ですから必ず変る筈のものです。変らなければ諸行無常に反します。