転重軽受の法門とは

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戸田城聖さんはお寺を大事にされてました

 日蓮大聖人は『転重軽受法門』に、
 「涅槃(ねはん)経に転重軽受(てんじゅうきょうじゅ)と申す法門あり。先業の重き今生につ(尽)きずして、未来に地獄の苦を受くべきが、今生にかゝる重苦に値ひ候へば、地獄の苦しみぱっとき(消)へて、死に候へば人・天・三乗・一乗の益をう(得)る事の候。不軽菩薩(ふきょうぼさつ)の悪口罵詈(あっくめり)せられ、杖木瓦礫(がりゃく)をかほ(被)るも、ゆへなきにはあらず。過去の誹謗(ひぼう)正法のゆへかとみへて『其罪畢已(ございひっち)』と説かれて候は、不軽菩薩の難に値ふゆへに、過去の罪の滅するかとみへはん(侍)べり」(御書480)
と御指南であります。
 「転重軽受」とは、重きを転じて軽く受くと読み、智慧の力・修善(しゅぜん)の功徳・護法の功徳によって、過去世の重い罪業を転じて、現世に軽くその報いを受けることです。その修行が御本尊様に勤行唱題することになり、過去世の謗法による重い罪も軽く受けて消滅させることが出来ます。日蓮大聖人は『経王殿御返事』に、
 「日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ。仏の御意(みこころ)は法華経なり。日蓮がたましひは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし」(御書685)
と仰せであります。この御指南は、曼荼羅の御本尊様に日蓮大聖人の命である魂を、墨に染め流して書かれた御本尊様であるので疑うことなく信じ、御題目を唱えれば「転重軽受」の功徳を頂くことが出来るという有り難い御指南です。
 「転重軽受」の語源は、釈尊が一日一夜にして説かれた、涅槃経に由来します。「有智の人は智慧の力をもって、能く地獄極重の業をして現世に軽く受けしめ、愚癡の人は現世の軽業を地獄に重く受く」という意味の経文に依ります。
 時として信心をしているにも関わらず、様々な難にあう場合があります。これは、私達の記憶にない生まれてくる前、過去世の法華経誹謗という、謗法行為の罪障が出たのであり、本来信心をしていなければもっと悲惨な状態になるものが、御本尊様を受持し信心したおかげで軽く罪障が出たと考えるべきです。それが「転重軽受」です。
 見方をかえた場合、御本尊様を信じなかったらもっと悲惨な状態になっていたということです。信心をし御本尊様を受持して、難にあった場合は、御本尊様に過去世の謗法による重罪を転じて、軽く受けさせて頂いたことを感謝する必要があります。更に御本尊様を持っていなかったら、もっと最悪な苦しい現実を体験しなければならなかったことを肝に銘じることです。
 この転重軽受を御本尊様から頂くことで、信心を深め日蓮大聖人の御精神に近づくことが出来ます。つまり境界が高くなり非常に有り難いことです。勤行唱題するところに過去世の罪障を御本尊様に取り除いていただき、六根清浄の功徳を得る過程でなされる大事なことが「転重軽受」です。

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